「随分と日が暮れるのが遅くなったなぁ」
言い終わると同時に派出所の電話が
けたたましく鳴りひびいた。栗東の金勝山で
男性が岩に轢かれて動けないらしい。
「まさか!」
警察官は今、自分の脳裏に浮かんだ
男の姿を振り払うように、未だに
やめることのできない煙草の煙を
払いのけて現場へと向かった。
現場は山の麓からの距離、約5km。
獲得標高430m。平均勾配7.8度と
地元では有名なヒルクライムコースらしい。
「なんでこんなところを好き好んで
自転車で登るのかねぇ」
パトカーでは狭くて急なつづら折れを
苦しそうなエンジン音と共に登っていく。
「もういい加減にしろよ」
と声に出してしまうほど続いたつづらの先に
一人の赤い男性が倒れていた。
いや、厳密にいうと警察官が到着したのに
気づいてそれまで座り込んでスマホを
触っていたのに突然、定位置に戻るように
倒れた姿勢を作った。
警察官は悟った。
「やつだ!ケンユーだ!」
しかし警察官は彼に
「さっきまでスマホ触ってましたよね?」
と言わなかった。
彼の半分はバファリンで出来ていた。
「で、この岩に轢かれたの?」
とやらされ感満載で聞いてあげた。
彼は起き上がると、待っていたかのように
饒舌に話し出した。
もはやケガした設定すら忘れているようだ。
「そうなんですよ!ヒルクライム中に
あの岩が転がってきてインディー
ジョーンズのように逃げても逃げても
追いかけてきてついに轢かれてしまって
アニメのようにペチャンコになって
トムとジェリーみたいに風が吹いたら
ヒラヒラと飛んでしまったんです!」
どうやら彼は生粋の昭和生まれという
データが取得できた。がしかし
岩の真横に寝ている彼の目は
嘘を言ってるときの目だった。どうやら
本日、ヒルクライムで自己ベストを
更新しようして失敗したようだ。
「出来ない理由を必死で言って、
どうすれば出来るかを考えないという
一番仕事できない奴。
ただの構ってちゃんやな・・」
警察官はケンユーを見限った。
「ではケンユーさん、今日も大丈夫なやつですね。気をつけて帰ってくださいね」
諭すように言い放ってその場を離れた。
パトカーに乗り込み、先程登ってきた
つづら折れをゆっくりと降りる度に
遠くには琵琶湖が現れてはまた消えていく。
彼は思った。
「それでもアイツは何かに挑戦し
続けている。それを鼻で笑っている
俺は何かに挑戦出来ているのか?」
下山を終えて街中を走る彼が
イライラしているのは
夕方の渋滞のせいではないだろう。
渋滞を抜けて軽やかに進みだした
夕焼け色のパトカーの中にあるゴミ箱には
まだ封が開いてない煙草が捨てられていた。