三重県関からのビワイチスタート
とある8月26日深夜3時に彼は目覚めた。
4時にセットされていた目覚まし時計は
唯一の役割すら奪われてしまった。
彼は遠足前日の小学生のように
一体、何を楽しみにしていたのか?
これまで50回を超えるビワイチを
してきて、そのうちにコースが
少しずつ膨らんでいった彼には
一つの野望が生まれていた。
「滋賀県に一歩も足を踏み入れない
ピワイチをしてみたい!」
彼とは滋賀県に住むケンユーという名の
無口で謙虚な好中年である。
決行の前夜に思い詰めた表情で
家族にこう伝えていた。
「土曜日、まだライドから帰ってないから
その日だけゴミ出しお願いします」
奥様は聞いたことのない大きな舌打ちを
しながら快く引き受けてくれた。
「あとはビワイチするだけだ」
彼は最大の難所を乗り越えた。
滋賀県を走らずにビワイチするには
滋賀県在住の彼はまずスタートを
滋賀から脱出してからにする必要がある。
彼はスタートに三重県、関を選んだ。
夜明け前の関宿は実に美しい。
朝5時前にケンユーはついに野望成就に
向けてペダルを回しだした。
三重県関を北上し、菰野、そして
いなべを走り抜ける。以前、別のブルベで
チェックポイントだった南宮神宮に
寄ってみた。相変わらず美しい朱色だ。
この日の気候はこれまでのような
うだるような暑さではなく
秋の到来を感じさせる雲であった。
やがて三重県を抜けて岐阜県に突入。
池田山の麓からは小さく城が見えた。
ビワイチ中に見えたその城は
彦根城ではなく岐阜城である♪
ケンユーは不敵に笑いさらに北へと進む。
彼はまだこの先に自らに訪れる困難を
この時はまだ知らないのである。
しばらくそっとしておいてあげよう
〜つづく〜