crossorigin="anonymous"> 烏丸半島殺人事件 - ケンユーのロードバイク日記

ロードバイク

烏丸半島殺人事件

夜風が夏の到来を告げる心地よい深夜0時。

草津警察署に連絡が入った。どうやら

烏丸半島で中年男性が倒れているらしい。

「だから夜勤は嫌なんだよなぁ」

警察官は気だるそうに現地に向かった。

現場につくと確かに倒れている。

やらされ感満載で声をかけたところ

彼に息はある。そして何かを呟いてる。

「きゅ、きゅうじゅうろく、

あ、あと4周で100周・・・」

彼の名はケンユーというらしい。

警察官はしばらく彼の話を聞くことにした。

どうやら今夜ここで、1周約2kmの

烏丸半島を4時間周り続けるという

ハムスターでも嫌がるイベントが

開催されたようだ。開始時間は20:00。

それぞれ家庭もあるだろうに

妻に賄賂を渡したり、

家の裏から黙って出たりして、

10人以上が集まったらしい。しばらくは

みんなで談笑しながら走っていたが

やがて口数は減り、ペースは上がっていく。

抗うように話しかけ続けたが

やがて独り言となった。

もう過去最高に周回を重ね、

時計を見るとまだ1時間。

「え?これをあと3時間?アホな!」

ケンユーの独り言は琵琶湖の湖面を

少し揺らしてやがて消えた。

それでも抜いたり、抜かれたりする

瞬間を狙って会話してたの気は紛れた。

「俺だけじゃない、みんなも頑張ってる」

その思いがペダルを押してくれていた。

しかしやがて何周しても一向に誰にも

抜かれなければ、抜くこともなくなった。

「え?全員、俺と同じペースで

向こう側を走り続けてる?」

しばらくはそう考えていたが、

コース奥にあるサイクルラックから

漏れる自転車のライトの灯りの数を見て

ケンユーは悟った。みんなはもう

バイクを降りて、琵琶湖岸で

春の心地よい風を受けて談笑していた。

ケンユーは混じりたかった。

しかし彼は脚を止めなかった。

彼は4時間走り続けることを目標とした。

アベレージは下がり続けていたが

もはやそこも気にならなくなり

「早く0:00にならんかい!」

これしかなくなっていた。

時計の長針と短針が身を寄せ合う0:00、

今日一の速度でコースアウトして

自転車から降りた。

みんな待っててくれていた!のではなく

談笑に夢中になってたら

しつこく走ってたケンユーが勝手に

戻ってきたというほうが適切であろう。

それでも少しだけ皆で健闘を称えあい

二度とこんなイベントをしないことを

固く約束して解散した。

「これで思い残すことはあまりない」

そう言って彼は眠りについた。

警察官は生き絶えた彼に毛布をかけて

その場を離れパトカーに乗り込んだ。

「だから夜勤は嫌いなんだよ」

湖岸にも映る月明かりが警察官の顔を

優しく照らしている。

その顔は心なしか笑っていた。

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